『年収の壁・支援強化パッケージ』の運用開始
人事労務関係の実務において、よくご相談を頂く内容をQ&A形式でご紹介をしています。
Question
相談内容
- 「年収の壁」の問題とは何ですか?
- 「支援強化パッケージ」があると聞きました。内容を教えてください。
- 社会保険の対象にならない手当を支給すると助成金の対象になるって本当ですか?
Answer
回答
- 一定の収入を超えることにより発生する社会保険料負担等を意識した短時間労働者(パートタイマー等)が、年末にかけて就業時間や就業日数を減らす就業調整(=「年収の壁」)が問題となっています。この「年収の壁」への対応として、全世代型社会保障構築本部より発出された「年収の壁・支援強化パッケージ」が、2023年10月20日より実施されています。
- 「社会保険適用促進手当」の標準報酬算定除外
- キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)の拡充
- 事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
- 配偶者手当の見直し
そもそも年収の壁とは、というところから説明していくよ!
詳細のご案内
そもそも「年収の壁」とは?
パートタイマーをはじめとする短時間労働者の賃金が一定額を超えると、賃金から社会保険料が天引きされるようになり、手取り収入が減ってしまいます。これを回避するために、年間の就業日数や就業時間を減らす短時間労働者が少なくありません。これが、いわゆる「年収の壁」といわれる問題です。
年収130万円以上になると、被扶養者ではなくなり、国民年金・国民健康保険に加入することになるため、保険料負担を避けるために意識される壁です。
厚生年金保険の被保険者数が常時101人以上(2024年10月からは常時51人以上)の事業所で働く短時間労働者の場合は、年収106万円(月額8.8万円)以上となることで、厚生年金保険・健康保険に加入することになるため、保険料負担を避けるために意識される壁です。
「年収の壁・支援強化パッケージ」の概要
「年収の壁・支援強化パッケージ」では、次の4つの施策が挙げられています。
- 「社会保険適用促進手当」の標準報酬算定除外
- キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)の拡充
- 事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
- 配偶者手当の見直し
それぞれの概要は次の通りです。
年収の壁を超えて働く短時間労働者が社会保険に加入するにあたり、事業主が労働者の保険料負担を軽減するために支給する手当がこれに該当します。本人負担分の社会保険料相当額を上限として、保険料算定の基礎となる標準報酬月額・標準賞与額の算定基礎額から除外されます。この手当は「106 万円の壁」の時限的な対応策として、臨時かつ特例的に労働者の保険料負担を軽減すべく支給されるものです。
2025年度末までに労働者を社会保険に適用させ、賃上げか労働時間の延長によって労働者の手取り収入を増加させた事業主に対して、1人あたり最大50万円が助成されます。
一時的な収入変動である旨の事業主の証明により、年収130万円を超えても引き続き被扶養者認定がなされます。
企業における配偶者手当の在り方について見直しが進むよう、見直し手順のフローチャートや事例紹介パンフレットが示されています。
ここからは、それぞれの施策について、少し具体的に見ていこう!
参照する資料についてもまとめてあります。
「社会保険適用促進手当」の標準報酬算定除外
社会保険適用促進手当は「短時間労働者への社会保険の適用を促進するため、労働者が社会保険に加入するにあたり、事業主が労働者の保険料負担を軽減するために支給するもの」です。
社会保険適用に伴い新たに発生した「本人負担分の保険料相当額を上限」として、標準報酬月額・標準賞与額(社会保険料)の算定対象となりません。ただし、各労働者について、2年が経過した後は、通常の手当と同様に標準報酬月額・標準賞与額の算定に含めなければなりません。
新たに社会保険の適用となった労働者であって、標準報酬月額が10.4万円以下の方が対象となります。
また、労働者間の公平性を考慮し、事業主が同一事業所内で同じ条件で働く、既に社会保険が適用されている労働者についても同水準の手当を特例的に支給する場合には、(標準報酬月額が10.4万円以下であれば)本措置の対象となります。
※厚生年金保険の被保険者数が常時101人以上(2024年10月からは常時51人以上)の事業所に勤務する短時間労働者に限られません。
その他、本人負担分の保険料相当額を超える部分については、通常通り社会保険料の算定に含めなければならないので、会社は社会保険適用促進手当とは別の名称の手当として支給していただくことが想定されます。
※本措置におけるQ&Aは、次の資料をご確認ください。
社会保険料の算定対象から除かれるのは「2年間のみ」ということに注意しましょう。
また、社会保険料の算定対象に含まれない以上、将来の年金給付の算出基礎にも含まれません。
キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)の拡充
3つのメニューが用意されています。
新たに社会保険に適用されることで生じる保険料負担が労働者の手取り収入の減少につながらないよう、手当等により労働者の収入を増加させた事業主に対して助成するメニューです。
⇒ 適用1年目と2年目は賃金の15%以上分を一時的な手当(社会保険適用促進手当等)で追加支給し、適用3年目以降は基本給等の増加や労働時間延長によって、恒常的に賃金を18%以上増加させることで助成されます。支給申請は6か月ごとに計5回行い、中小企業における助成額は最大10万円×5回の50万円となります。(大企業は4分の3の額)
労働時間の延長を組み合わせて収入を増加させた事業主を助成するメニューです。
⇒ 週所定労働時間を4時間以上延長(賃金増加との組み合わせにより、延長時間が1時間以上4時間未満でも可)させることで助成されます。助成額は6か月で30万円(1回のみ)となります。
※賃金増加との組み合わせによる場合、社会保険適用促進手当等の一時的な手当ではなく、基本給による恒常的な増加が必要です。
①手当等支給メニューと②労働時間延長メニューの併用により助成するメニューです。
⇒ 1年目で①手当等支給メニューにより社会保険適用促進手当等を支給し、6か月ごとに10万円×2回の助成を受け、さらに2年目に②労働時間延長メニューを選択することにより、6か月で30万円の助成を受けることができます。(最大50万円)
※2年目の賃金増加要件について、1年目に払った社会保険適用促進手当等を、標準報酬月額の算定対象とされる恒常的な手当に変更することで、賃金増加分に含めることができます。
※各メニューにおける支給要件等に関する概要は、次の資料をご確認ください。
※その他、キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)及び社会保険適用促進手当に関する詳細のQ&Aについては、次の資料をご確認ください。
事業主の証明による被扶養者認定の円滑化
年末時期等の「人手不足による労働時間延長等に伴う一時的な収入変動である旨」を事業主が証明することにより、年収130万円を超えた労働者を引き続き被扶養者認定するための措置です。130万円の壁への当面の対応策として2023年10月20日以降の被扶養者認定及び被扶養者の収入確認に適用されています。
「一時的な収入増」の具体的な上限額は定められておらず、雇用契約書や実態に応じて判断されます。なお、本措置は2年間(連続2回)までが対象とされています。
※被扶養者として認定されている方が130万円を超えることになった場合、健康保険組合によっては、一度「収入増」を理由として被扶養者資格を喪失し、健康保険組合から収入確認の連絡が来て初めて事業主証明書の提出が求められることもあるとのことです。健康保険組合ごとに対応方法が異なる場合がありますので、ご注意ください。
なお、この証明書は、被扶養者認定や毎年の被扶養者の収入確認の際に、被扶養者を雇用する事業主が発行し、被保険者を雇用する事業主が通常必要とする書類に添付して保険者へ提出します。
また、様式提出によって当然に被扶養者として認定されるものではありません。「一時的な収入増である」と認められる必要があります。
扶養追加や削除のタイミングだけでなく、毎年の被扶養者状況リスト送付の際にも必要となることが見込まれます。
毎年、被扶養者状況リストが協会けんぽより事業主宛に送付されます。被扶養者の収入確認を行った際に、年収が130万円(被扶養者が60歳以上または障害厚生年金を受けられる程度の障害を有する者の場合は180万円)以上の場合であって、人手不足による労働時間延長等に伴い、一時的に収入が増加していることが確認できた場合は、被扶養者状況リストの「変更なし」にチェックをしたうえで、「一時的な収入変動」に係る事業主の証明を被扶養者状況リスト等と併せて提出します。
※収入を確認する書類(所得証明書等)は、提出する必要はありません。
※2024年も同様の運用になることが予想されます。
※保険者が健康保険組合の場合には、健康保険組合ごとに対応が異なることが想定されますので、ご注意ください。
※事業主証明による被扶養者認定に関する詳細は、次の資料をご確認ください。
配偶者手当の見直し
民間企業において、配偶者がいる労働者に対して支給される手当のことを「配偶者手当」といいます。実際の手当の名称は、企業によって「家族手当」「扶養手当」などさまざまです。配偶者手当を支給する企業は減少傾向にありますが、令和4年職種別民間給与実態調査によると、配偶者に家族手当を支給する企業は約55%あり、そのうちの80%以上が「配偶者の収入基準」を支給要件として設定しています。
従って、配偶者手当をもらうために、他社で働いている配偶者が「手当受取の収入基準を超えないよう就業調整を行う」ということが想定されます。
労働力人口が減少していくことが予想され、働く意欲あるすべての人がその能力を十分に発揮できる社会の形成が必要とされます。中でも、就業調整につながるような配偶者手当については、「配偶者の働き方に中立的な制度となるよう見直し」が望まれます。
※各ステップの詳細は次の資料をご確認ください。
見直し内容の具体的事例は以下の通りです。
- 配偶者手当を廃止し、相当部分を基本給に組入れ
- 配偶者に対する手当を廃止し、子どもや障害を持つ家族に対する家族手当を増額
- 配偶者手当の支給要件に「一定年齢までの子供がいる場合のみ」を追加
- 管理職・総合職に対する配偶者手当を廃止し、実力・成果・貢献に応じて配分
- 生活保障の観点から家族手当を存続し、代替案として他の手当を改廃
※次の資料にて、具体的な取り組み事例(手当の廃止・縮小等)が取り上げられています。
手当の廃止や縮小については、不合理な不利益変更とならないよう、慎重に検討する必要があります。
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引用元:資格の大原HP
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